JUZU

9月27日(月)

海 2010 某国
<鬼ごっこ>

ぼやぼやしているうちに9月も終わりが近づいてきました。あと数日で10月。ということは、あとちょっとで今年も終わるということではありませんか!嗚呼、結局今年も特に何もやり遂げることなく過ぎてしまった・・・。というような後悔の念なくして年末を迎えられる年というのが、果たして私の人生に存在するのでしょうか。長い人生、せめて1年くらいは「今年はよくやったなぁ~」と満足に振り返ることができると良いと思います。

さて、本日は久しぶりに大好きズキズキ発言小町からです。

* * * * *

マイ数珠、持ってますか?(駄)

2年程前、主人と結婚が決まった際、
姑から喪服と数珠を持っているか聞かれ、
持ってない旨を伝えると、用意をしてくるよう言われました。
母と、喪服は分かるけれど、
数珠をわざわざ言ってくることに内心『?』だったのですが、
用意していきました。

そして、先日、主人方の親戚が亡くなり、
通夜、告別式に参列したのですが、
そこで皆さんがマイ数珠を持っていることに気付きびっくり…。

数珠はマストアイテムなんだ、とそこで実感しました。
私の出身地域は、数珠はマストアイテムではなく、
葬儀でもほとんどの方は持っていなかったので(私の両親も含め)
皆さん手にしながら参列している姿にびっくりしたのです。

そこでお聞きしたいのは、マイ数珠お持ちですか?
という事です。

(後略)

(投稿者)キシリトール
2010年9月24日 15:01
発言小町より

* * * * *

結論から言いますと、私は持ってません。持とうと考えたことすらなく、持っていないことが当たり前と言うか、つまり「持っていない」ということを特別意識したこともありません。私の家族も、持ってません。
家族以外の他人が数珠を持っているか持っていないかなんて意識したこともなく、とにかく持っていないことが当たり前の人生でしたので、このトピックを読んだときには「さー、持ってなくっても別に普通じゃないのかしらね?」と思ったんですが、レスのほとんどが「持っている」というものだったので驚きました。

持っているという多くの人たちからの
 ・マナー違反である
 ・非常識である
 ・このトピック自体が衝撃的である
 ・持たない地域なんかない
 ・信じられない
 ・持っていないなんて恥ずかしいことだ
などなどと言った、ここぞとばかりに日ごろのストレスを発散するかのような、持ってない派を揶揄するようなレスには呆れると同時に苛立ちを覚えますが(私は揶揄される側だもんだからね)、しかし私が「持っていないことが当たり前」という意識であるのと同じく、これらの人も「持っていることが当たり前」とそういう意識で生きてきたのでしょうから、そういう人たちにしてみれば正直な気持ちであるのでしょう。

そういう気持ちであるということは、やっぱりほとんどの日本人というのが無意識のうちに仏教徒であるということでしょうか。仏教徒とまでいかなくても、やはりそれだけ私たちの生活習慣の中に仏教の習慣が根付いているということは言えると思います。

レスを読んでみると、「地域性」というのは見出せないように思えました。いろいろな地域の人が「持ってんのが当たり前だ」と答えているからです。ただ、どうやら関西の方には、数珠は嫁入り道具の一つというような習慣があるようではあります。
「宗派によって」ということに関しては、レスからでは分からなかったので別に調べてみると、どうやら宗派に関わらず数珠は存在するということのようでした。宗派ごとに正式な数珠の形というのは変わるようですが、持たない宗派と持つ宗派があるということではない模様。参考:http://www.sakai.zaq.ne.jp/piicats/jyuzu.htm しかし、正式な数珠の形が宗派によるということは、持っている人たちはみんな自分の家がどの宗派を信仰しているのかということが把握できているということなんですね。すごいなー。

ふぅ~ん、なるほどねぇ。よくよく考えてみると、私は今まで日本の葬式というものに参列したことがありません。お通夜はあります。調べてみると、どうやらお通夜の場合は数珠がなくってもOKだそうで、だから周りも持っておらず、私は自分が持っていないことを特別意識することもなくやってきたのかもしれません。そう言えば、父方の祖母のお通夜のときは、焼香に立った嫂の手に数珠があるのを見て、「おお!数珠持ってる!!」と軽い感動を覚えたものでした。
そして、結婚した長兄が義父のお通夜、お葬式に参列したとき、私と同じく持っていないのが当たり前という環境で育ち、幸か不幸かこれまで葬儀に参列する機会もなかった兄は、そこで初めて「葬式に来るのに数珠持ってないなんて、なんたること!」という人々に遭遇し、非常に驚いたそうです。私と母は兄からその話を聞いて、兄と同じように「そういう人たちもいるのねぇ・・・」と、非常に驚きました。
因みにそれは九州でしたが、前述のように大雑把な地域性ということではなく、こればっかりはその家と周囲の習慣によると理解するのが良さそうです。

私や私の家族はどうして数珠を持ってないんだろうか・・・と考えると、それはやっぱりうちは母方の祖父母の家系がクリスチャンであることが大きいように思われます。母自身はクリスチャンではありませんが、クリスチャンの両親を持ち、その家で育っていますので、生活空間に仏教的なものはない環境だったのでしょう。
父の家系はどうやら仏教ですが、普段の生活ではそれを感じないので、葬式仏教的な、まあ習慣であるのだと思います。家の中に神棚と仏壇の両方があるような、ごくごく一般的な家でしたが、父はあまり型にとらわれないというか、革命的というか、まあそういう人なので、私と兄たちは、私が8歳のときに両親が離婚するまでは父方の祖父の法事などには出ていましたけれど、子供だったからなのか数珠を持たされるということはありませんでした。前述の祖母(父の母)のお通夜のとき、父は喪主の立場でしたが、数珠は持っていなかったように思います。
こんな家だもんで、私は父の家系が何宗なんだか、さっぱり覚えていません。お通夜に来たお坊さんはふさふさの茶髪でしたから、剃髪が義務付けられていない宗派ということは確かかと思います。


ところで、数珠を持っていないからといって、私は仏教を軽んじているわけではありません。むしろ、仏教には親しみを覚えるし、興味もあります。
外国で暮らすと、さまざまな場面で、日本にいるときよりもずっと強く自分の中の日本人性を感じるというのは、同じく外国に暮らす日本人の皆さんには共感していただけることと思います。そういう中で、外国人からさらに「あなた信仰する宗教は?」という質問を受けると、私はやはり(特別意識して○○教徒というわけではないけれど・・・と前置きして)神道と仏教と半々くらいであると答えます。それが自分の実感だから。


自分の考えはどうあれ、これからは数珠を持った方が(略式でどの宗派でも使えるものを買った方が)いいのかという疑問が残りました。
私はいろいろな宗教に対しての学問的な興味は旺盛ですが、それがゆえ・・・なのか、とにかくそれを信仰しているわけでもないのに形だけそれに合わせるのは失礼に当たるのではないか?と考えてしまいます。中身がともなわないジェスチャーというものには、往々にして不愉快な思いをすることがありませんか?例えば、誠実で真摯な対応を要求しているときの「あー、はいはい、ありがと」「あー、そりゃ悪かったね。ごめんごめん」と言ったような口先だけの言葉には、どうしても苛立ちを覚えるではありませんか。葬儀なんて、まさにその「誠実で真摯な」態度の要求される場ではないでしょうか。

某国で参列した殿の母や、叔母の葬儀は、もちろんカトリックのやり方で行われたわけですが、そのときも私は戸惑いました。葬儀と言ってもミサですから、椅子から立ったり座ったり、お祈りの言葉を一緒に唱えたり、十字をきったりする場面があります。そういうとき、カトリックをちぃっとも信仰しない私が、その場だけ、形だけみんなに合わせて・・・というのは、やはり失礼に当たるのではなかろうかと、ギリギリまで悩み、結局は形だけみんなに倣いました。特に殿の母の葬儀では、私は最前列の家族席に座っていて、しかも唯一のアジア人で、かなり目立つ立場だったので、私一人が微動だにせず座りっぱなしで十字もきらないと、殿の家族に対する評価が下がるかもしれないと思ったからです。

トピックのレスを読んでいると、葬儀の席で数珠を持たないことは「失礼である」という意識の人が多いので、日本で仏式のお葬式に出るときには、やっぱり持っていたほうが無難なように思えてきました。生活の中に仏教のなかった私にはどうしても数珠は仏具であるという意識があるので、信者でもないものがそれを持つのはどうか・・・と考えてしまいますが、ここは一つ割り切って、喪服とセットのもの、不謹慎ですがアクセサリーの一つとでも考えれば良いのかもしれません。


いやー、小町は勉強になります。

Comment

喪服は持ってる?
  • 2010/09/27 15:00
  • キン子
  • URL
喪服も数珠も持ってます~。
結婚したら着物の喪服は実家の家紋で作るものだと
言われて作りました。
私の親戚は皆大人の人たちは数珠持ってましたよ~。
私は父が亡くなったときに初めて妹とおそろいで買いました。
地域と言うか家の考え方なのでしょうねぇ。
別に持ってないからマナー違反と言うこともないですわ。

  • 2010/09/27 16:32
  • もみじ
  • URL
■キン子ちゃん
喪服ということは、着物の喪服?
それは持ってませんねぇ・・・。着る機会もなさそうだしなぁ。
お葬式に出られるような洋服は、
祖母のお通夜で着たのがある・・・と思ったら、
あれはお母さんから借りたんだったわ。
あれ、もらうことにしよう。(笑


■もみじさん
おお、両方お持ちなのですね。
その喪服の紋も、地域で少し違いがあるらしいですね。

マナー違反と感じる人が多いようなので、
硬い主義主張、または悪意なくただただ持っていない私としては、
ひとつ用意しておくのがいらぬ誤解を受けないためには
良いのかもしれないと思いました。
しかしそうなると、故人を悼み、遺族を慰めるために
持つものではなく、
自己防衛のために持つものと考えることもでき、
それはそれでまたなんだかなぁ・・・と、思うのであります。(笑
だからやっぱり、私みたいな人間は「不祝儀用のアクセサリー」と
いうくらいに考えておくのが良いのかもしれません。
  • 2010/09/28 12:32
  • bonbon
  • URL
  • Edit
和装の喪服は持っていませんが、数珠は持っています。

二十歳の時に親せきから真珠のネックレスとイアリングのセットをもらいました。数珠も同じ方に結婚の時にいただいた記憶があります。男性用と女性用で球の大きさまで違う物。

うちの親族の中ではその人が節目に送るのが恒例となっています。(私側の親族なのでイヤじゃなかったです)

まさに一つは持っていた方がいいという考えなんだと思います。
ネックレスと違って自分で今時の物を買ったりはしませんから重宝してます。

これとは別に、ゴムで気軽に手にはめることのできるお守り型の数珠も持っていますよ。
これは自分で買いました。切れると又買います。

私は数珠好きなのでちょっと特別かも。
  • 2010/10/06 16:54
  • joona
  • URL
  • Edit
■joonaさん
ふんふん、なるほど~。
一つは持っていた方がいい、そうなんでしょうね。
やっぱりその家の風習に大きく左右されるものなのかな。
でも、「一つは持っていた方がいい」と考えるおうちが、
大多数を占める・・・という感じでしょうかね。
  • 2010/10/09 12:33
  • bonbon
  • URL
  • Edit
Comment Form
非公開設定

Trackback


→ この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。